「最もベネディクト・カンバーバッチらしい」『Patrick Melrose』の退廃的な青年役が好評

ベネディクト・カンバーバッチが主演する米Showtimeの新作『Patrick Melrose(原題)』は、嫌悪感と快感が同居する、なんとも不思議なドラマだ。彼がこれまで演じてきたのは、シャーロック・ホームズやアラン・チューリングなど、風変わりだが知性溢れる人物が多い。今回もその奇人ぶりが、画面に絶妙なテイストをもたらしている。

◆トラウマを抱えた青年富豪、自堕落な日々に溺れる

原作は、1992年から刊行されている、英国人作家エドワード・セント・オービンによる5篇の小説。5話構成のこのミニドラマは、豪華だが堕落しきった主人公パトリックの人生を、ウイットに富んだトーンで綴る。

第1話ではロンドンに暮らすパトリックの元に、ニューヨークに住む父の訃報がもたらされる。ヘロイン中毒に悩まされていたパトリックは薬物を断つ良い機会だと考え、遺灰を受け取りにアメリカへ飛ぶことを決意。これが間違いの始まりだった。瀟洒(しょうしゃ)なホテルのスイートルームで飲酒に走り、人生最低の時を過ごすパトリック。以降、ドラマでは彼の生活の堕落ぶりが描かれる。

第2話では10年以上、時をさかのぼり幼少期のパトリックが登場。ある日、南フランスにある別荘で過ごしていたパトリックは、父親から虐待を受ける。この日刻まれたトラウマが、彼の人生を狂わせる根源になっているのだった。

続く第3話からは成年したパトリックにバトンが戻る。アルコール中毒、薬物、上流階級特有の妬みなど、社会の陰の部分を辛辣かつ軽快なタッチで扱った、一風変わった作品になっている。

◆ベネディクトが放つ怠惰な誘惑...。嫌悪、それとも陶酔?

シリーズ最大の売りは、なんといっても主演のベネディクト。米Washington Post紙は、「これまで製作された中でも最も彼らしいドラマ」だと述べている。やつれたパトリックを演じるベネディクトのパフォーマンスは、一見の価値あり。裕福だが、お金では買うことのできない幸福を追い求めるパトリックの姿に、軽い気持ちで観始めた人もいつの間にかその成功を祈らずにはいられなくなっているだろう。

重たくなりがちなテーマの多い本作が飄々とした仕上がりになっているのは、ベネディクト独特のキャラクターがあってこそ。米Wall Street Journal紙は、彼が「途方もない知性と脆さ、そして鋭いウイットをパトリックに与えている」と高く評価している。堕落しきったパトリックの人生を綴る作品にもかかわらず、その演技は観ていて非常に楽しい。ドラマ全体は不快さを美しさで上塗りしたような感覚をもたらすが、視聴者はいつしか、悪行を観ること自体にも背徳的な悦びがあることに気づくことだろう。

米Slateでは、ベネディクトがこれまでに演じたホームズやチューリングなどを引き合いに出し、変わり者の役を今回も見事に表現していると評する。高慢でありつつも、どこか悲しみの影が漂う演技は必見だ。

◆数々の工夫を凝らした映像化

ドラマ化にあたっては、原作のある作品特有の苦労があったことが感じられる。米New York Times紙では、小説内で独白だった部分を通常の会話文に切り替えるなど、映像化のための工夫を細かく挙げている。小説が出版された1990年代とは社会環境も変化していることから、ドラマ版では女性キャラクターがより活発に行動するなど、時代に合わせた変更も施された。ただし、こうした効果的な改変がある一方、5冊の小説を5話のドラマに詰め込んだことから、哀愁漂う原作の雰囲気が失われてしまった、とも同紙は惜しんでいる。

そのほかドラマ版では、まず1話目で成年したパトリックを登場させ、2話目で時をさかのぼる形が採られており、これは純粋に時の流れを追っていた小説版にはない演出だ。その意図についてSlateは、1話目からベネディクトを登場させるための措置ではないかと分析している。確かに幼少期は子役が演じているため、この判断は賢明だったと言えそうだ。

ドラマ『Patrick Melrose』は、名優の存在感と映像化の工夫が光るシリーズに仕上がっている。(海外ドラマNAVI)

Photo:ベネディクト・カンバーバッチ
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