今、鋭い視点で"もう一つの世界"を映し出す『高い城の男』の魅力とは?【前編】

(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名・女優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

10月5日よりシーズン3が配信スタートしたAmazonオリジナルドラマ『高い城の男』。フィリップ・K・ディックの同名小説を原作とした本作は、「もし、第二次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国の同盟が敗北せず、米英の連合国軍を打ち破って勝利し、北米を占領していたら!?」という設定で仮想の1960年代を描いたSFドラマである。その魅力を、シーズン3から出演している尾崎英二郎が3回に分けてご紹介。

(※わずかではありますが、第1・2・3シーズンのネタばれを本コラムは含みますのでご注意ください)

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フィリップ・K・ディック原作の歴史改変SF小説を原作にした連続ドラマ、『高い城の男(THE MAN IN THE HIGH CASTLE)』。

その第2シーズンが世に送り出された2016年12月(北米リリース)から、実に2年弱の月日が過ぎている。

番組ファンの間でさえ、
「待ちくたびれた」
「もう、前シーズンまでのストーリー、忘れちゃったよ!」
といった期待と不満が入り混じる声が多々ネット上でも飛び交っていた。

そして2018年10月5日。
北米と日本を含む、100カ国以上の市場にアマゾン・スタジオの人気コンテンツ『高い城の男』の第3シーズンがついに配信された。

現在(このコラムを執筆している10月10日時点)、米国の映画ドラマ批評サイト「ロッテン・トマト」で集計された批評家の支持率は92%、批評記事の採点平均が7.43点(10点満点中)。

高い注目を集める中で配信を開始し、エミー賞の撮影賞とメインタイトル・デザイン賞を受賞し、美術賞と視覚効果・VFX賞にもノミネートされた第1シーズンが支持率95%と7.54点、翌年に配信された第2シーズンはやや厳しめの評価となってそれぞれ64%と7.0点にとどまったことを考えれば、製作と配信時期を変更して方向性を練り、脚本と映像にいっそう力を注いだ第3シーズンがここまで盛り返していることは非常に嬉しい。
しかもファンの支持率も同時点で92%、評価は4.5(5点満点中)という高い数字を叩き出している。

では、この作品のいったい何が評価され、何が視聴ファンに支持されているのか!?
その魅力を日本の番組ファン、あるいはこれから観てくださる方々にお伝えしてみたい。

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〈ひょっとしたら!?の世界観の構築〉

『高い城の男』は、「If...(もし...)あの史実が異なる流れだったら? 逆転していたら?」という着眼から、改変された歴史を綴るSFジャンルの人気作である。

「もし、第二次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国の同盟が敗北せず、米英の連合国軍を打ち破って勝利し、北米を占領していたら!?」という、「ひょっとしたらあり得たのかもしれない世界」を描いている。

しかし、SF的なひねりはそれだけではない。
実は、この枢軸国の支配下にある旧アメリカの社会に、映画のフィルム缶に入った「ある謎の白黒フィルム」が密かに出回っているのだ。そしてそのフィルムには、

米英の連合国側が勝利し、米国民が歓喜している"別の世界"の現実が映っていた...。

そしてそれらのフィルムを、ヒトラーとナチスが追い求め、日本の憲兵たちが血眼になって探し、旧アメリカの抵抗者たち(Resistance)のメンバーたちも極秘裏に収集している。
いったい、そのフィルムの中身は何を意味するのか?
映し出される光景は、プロパガンダか!? それとも現実に起きたことなのか!?
という大胆で、非常に挑発的とも言えるアイデアの想起から生まれたのが、この原作&ドラマシリーズである。

物語の設定は戦後すぐの時期ではなく、そこから20年近くが過ぎた、1960年代の旧アメリカ合衆国だ。
もともと合衆国だったアメリカ全土が、3つのエリアに分断されている。

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1つは「大ナチス帝国(Greater Nazi Reich)」。ロッキー山脈から東側の大部分をナチスドイツが占領し、拠点をニューヨークに置き、支配している。

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2つ目は「日本太平洋合衆国(Japanese Pacific States)」。西海岸側を領土として治め、政府の機能の拠点はサンフランシスコ。

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3つ目は、「中立地帯(Neutral Zone)」と呼ばれ、ロッキー山脈に沿った縦に長い地域で、ナチスドイツと日本の支配の影響下から逃れた旧合衆国の人々や、迫害から生き延びたユダヤ人などが住んでいる。

例えば、近未来や遠い未来を描くSF映画やドラマであれば、建物であれ、食べ物のパッケージであれ、武器であれ、デザインの自由度の幅が生みやすい。僕らがまだ目にしていない未来の事物なら、ある程度の奇抜ささえ許される。
一方『高い城の男』は、単に1960年代を描写する"時代モノ"ではないSF作品である。本当の60年代からタイムラインが大胆にズレた「仮想(もしも)の60年代」である。

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そのため、そこにある街並みや文化も「もしドイツが勝利していたら、日本が占拠していたら...」という視点に基づき、この建物はあり得る、これは建てられていないだろう、この商品やポスターはあっていい、このファッションはないはずだ、という推量に計り知れない時間をかけ、この3つの地域を「仮想の60年代」の視点で再構築しているのだ。

俳優が身に纏うコスチューム一つをとっても、例えばドイツの親衛隊員たちや、僕自身が演じる日本の海軍の軍人も、戦中と戦後の歴史が改変され勝利した世界観なのだから、少しずつデザインは変わっていなければならない。
『高い城の男』の物語上の「独自のタイムラインの60年代」の軍服でなければならないのだ。戦歴も史実とは違うはずなので、そうなれば勲章などのデザインも変わる。歴史上の本物を十分にリサーチしつつ、そこにかなりの度合いの創造性を加えているのだ。

その【徹底した創造性】こそが、この稀な歴史改変ドラマの真骨頂である。

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戦争に勝利したナチスドイツは、技術の進歩が目覚ましく、この仮想の60年代に超音速旅客機まで開発している。その旅客機が北米大陸の東側や西側、あるいはドイツのベルリンの空を結んでいる描写なども劇中に登場するが、その洗練された機体のデザインはそれだけでも見ものである。
西海岸側の日本が統治する社会の構成や雰囲気も、日本人の目で見てもかなりの部分頷けるレベルまで考証がなされている。

よくハリウッドのテレビドラマや映画の中の日本描写については、「日本と中国がごっちゃになっている」という感想が溢れ、『高い城の男』でも中華的なものが混じっているのでは??という批判(多くは誤解だが)が聞かれる。
というのもこのドラマの日本人キャラクター側の舞台であるサンフランシスコは、実際に1800年代から中国からの移民が多く渡り、鉄道建設の労働に駆り出され、同地にもチャイナタウンを形成し根づかせてきた歴史がある。本ドラマではこの地を戦後に占領しているので、旧合衆国の人間と統治する日本人や日系人二世三世らが生活しているため、元々のアメリカ人や中国移民たちの色の上に、日本文化が上塗りされ発展している...というのが、美術スタッフが工夫を凝らして上手く描き出した「この世界観における正しい姿」なのだ。
その上で、街中の看板・ポスター・横断幕・のぼり旗・標識・タバコの銘柄・紙幣や値札に至るまで、日本語による権力側の「支配」が続いていることをしっかり描写しているのである。劇中で流れるBGMにも日本の人気歌謡曲が使われ、時代を感じさせたり、その芸の細かさには驚かされる。

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街中だけではない。実際に自分自身もシーズン3のセットの中に足を踏み入れた際に、僕が演じているイノクチ海軍提督が率いる艦隊の軍艦のブリッジ(艦橋:甲板上にそびえる指揮所)の室内にある様々な装置や計器に細かに書かれていた文字が全て正しい日本語(漢字やカナ)であることには感銘を受けた。カメラには映らないような小さな文字や地図や標識でも、演じる際には目にそれらが飛び込んでくる。その時にしっかりとした表記がなされていると

「ここまで念入りに造り込んでくれているんだぁ!!」

と、テンションが上がり、心が冷めないで済むのだ。
これを米国や英国、そしてカナダ出身の主要スタッフが作り上げているのだから、そこには大変な時間と労力が注がれている。こういうことは、日本国内の撮影現場であればスタッフの方々が完璧にこなしてくださるが、異国の現場では容易には実現できない贅沢なことであり、決して当たり前ではない。幸い『高い城の男』の製作陣は、文化と言語考証のスーパーバイザーを雇ってくださっていて、しっかり絵作りに目を配り、美術や小道具などのデザインのおかしな点は極力修正するように努力がなされている。これは重要なポイントである。

ドイツや日本に影響を受けて変化した両側地域を描くだけでも相当な想像力を求められるが、ゼロから構築する「中立地帯」(荒廃した旧アメリカ)を造り込むだけでも、実は大変な労力がかかっている。撮影地は基本的にほぼ全部がカナダなので、皆さんが目にしている映像は、全ては優れたセット美術と大道具小道具、そして衣装部門とVFX部門の能力の結集の賜物なのである。当然、"世界"を創造するには莫大な予算がかかる。昨年の第3シーズン撮影時の情報では、予算の総額がドラマシリーズとしては世界でもトップ3に入るプロジェクトで、1エピソード平均で十数億円が費やされているとも言われている。

このコラム【中編】はこちら
このコラム【後編】はこちら

(文・写真/尾崎英二郎)

Photo:『高い城の男』
(c) Everett Collection/amanaimages