アメリカを震撼させた虐待・母殺しをドラマ化、『見せかけの日々』

頭髪をすべて失った上、車椅子での生活を強いられた無力な少女。しかし、その生活を強要しているのは病魔などではなく、母親の歪んだ愛情だった――。米Huluで配信中の『The Act(原題)』は、実際の事件を題材にした話題のクライムホラーだ。日本では『見せかけの日々』というタイトルでApple TVで配信中。

︎愛情の檻に閉ざされて

病に侵され、読み書きもできず、車椅子を使ってやっと移動する少女ジプシー(ジョーイ・キング『FARGO/ファーゴ』)。その姿は偽りであり、娘を異常に束縛する母ディーディー(パトリシア・アークエット『ミディアム 霊能者アリソン・デュボア』)が仕組んだ虚構だった。歩くことのできるジプシーを車椅子に乗せ、偽りの症状を申告することで医者に誤診させ、栄養補給のチューブをいつまでも外さない。衰弱した姿で憐れんでもらうという、誤った愛情に労を費やす。

発達が遅れているかのようなジプシーの姿は近隣の同情を集め、地元ニュースに取り上げられると人道ボランティア団体から立派な家を寄付されるなど手厚く扱われる。しかし、てんかん、両脚の麻痺、心音の異常、貧血といった病状のほとんどは偽り。いつしか自我が芽生え、周りを欺くことに疑問を覚えるようになったジプシーは、母親の束縛に怒りを感じ始める。閉ざされた部屋の中でボーイフレンドのニック(ケイラム・ワーシー『オースティン&アリー』)とビデオチャットをし、自由に焦がれる心情を語るうちに、二人はディーディーへの殺意を抱き...。

紛れもない現実

輝かしい十代の時間を、無力な人間を演じることに費やさなければならなかった少女。実際にモデルとなった事件が存在したことがやるせない。現実の事件も、娘とそのボーイフレンドによる殺人という形で終幕。母親による異常な扱いがウェブメディアに取り上げられると、ネットを震撼させた。記事のタイトルは「ディーディーの願いは、娘の病。ジプシーの願いは、母の殺害」。衝撃的な親子関係は人々の興味を掻き立て、過去にもHBOの『Mommie Dead and Dearest(原題)』などドキュメンタリー番組が製作されている。

実際の事件を容赦なく描写した作品だ、とNew Yorker誌。ジプシーを気の毒に思った人々から寄贈されたぬいぐるみの山など、彼女の置かれた状況を物語るアイテムが心を揺さぶる。感情に訴える真実を掘り下げた作品、と同誌は表現している。

優しい瞳の奥に...

過去にも番組化された題材だが、それでもなお本作は惹き込まれるような仕上がりになっている、とVulture誌は賞賛。シリーズ第1話目は、2015年に母ディーディーが殺害されたという事実を明確に提示する。そこからフラッシュバックに入り、娘との関係を紐解いてゆく形だ。ディーディー役のパトリシアは、優しげな口調で語る母親像を好演。その裏には周囲への猜疑心と、娘に対する強い支配欲が見え隠れする。一方で娘役のジョーイも、無邪気で子ども心に満ちた少女を快演。笑顔を浮かべるたびにまるで星に祈りを捧げているようだ、と述べるVulture誌は、魅力的なその存在にすっかり心を掴まれている。

現実世界のディーディーは、自身や身内などを病気に仕立てる「ミュンヒハウゼン症候群」を患っていたとされている。実在の疾患をテーマにした本作は、ペース展開をあえてスロー気味にすることで一層恐怖感を引き立たせている、とNew Yorker誌は分析。母としての抜け目なさと疾患の患者としての弱い立場とが複雑に入り組んだ、記憶に残るディーディーのキャラクター像が評判を呼んでいる。

身も凍る結末への道をゆっくりと紐解く『見せかけの日々(原題:The Act)』は、Apple TVで配信中。(海外ドラマNAVI)

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ジョーイ・キング&パトリシア・アークエット
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