トランプ政権を予見!?翻訳家・柴田元幸氏による『プロット・アゲンスト・アメリカ』徹底解説

Amazon Prime Videoチャンネル‎「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」で配信中で、本日7月9日(木)23:00よりBS10 スターチャンネルで放送される『プロット・アゲンスト・アメリカ』。アメリカ現代文学の代表的作家であるフィリップ・ロスの歴史改変小説を米HBOがドラマ化した本作について、原作の翻訳を担当した翻訳家・柴田元幸氏が、その物語や原作、背景を徹底解説している。

本作は、「さよならコロンバス」などでキリスト教国に暮らすユダヤ人の苦難や葛藤を真正面から扱ってきたロスが、もし第二次世界大戦中の1940年大統領選で、反ユダヤ主義で親ヒトラー派の英雄的飛行士チャールズ・リンドバーグが現職のルーズベルトに勝利していたら...という設定のもと、あるユダヤ人家族の視点から急変するアメリカを描いている。米国では3月16日から放送され、これまで映像化されたロス作品の中で最高傑作との声も上がっている。

原作は、2004年に本国アメリカで出版され、のちに日本語にも翻訳された「プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが...」(集英社刊)。その翻訳を担当した柴田氏といえば、ポール・オースター、チャールズ・ブコウスキーといった人気作家の作品を手掛け、日本翻訳文化賞、早稲田大学坪内逍遙大賞も受賞している。また、村上春樹との親交が深いことでも知られる。そんな彼が、初めて「プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが...」の原作を読んだ際の感想から内容の考察まで貴重な解説を披露した。

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まず、原作が本国で2004年に刊行された時、柴田氏はジョージ・W・ブッシュ政権(当時)への怒りが反映された作品だと思ったと語る。作者自身は、あくまで1940年代にリンドバーグが大統領選で勝利していたら、という仮定を書いただけだと述べているが、小説は時に、作者の意図を超えて現実と反響しあう。「民族や宗教の違いゆえに人の権利と自由が奪われていく」二つの流れを思えば、架空の1940年代と、現実の2000年代とのつながりを見ないのは難しかったという。

自らもユダヤ人移民の子だったため、ユダヤ人が被る不正には常に敏感だったロスだが、「差別、迫害、不寛容といったテーマにこれほど正面から向きあい、社会の政治的側面を取り上げた」のは本作が初めてだと柴田氏は証言する。その意味でも、読者が虚構と現実のあいだにつながりを見たのも自然なことだったと言えよう。

現実とのつながりが再びはっきり見出されたのは、2017年にドナルド・トランプが大統領に就任した時。移民、マイノリティに非寛容な姿勢を全面的に打ち出した彼が唱えたスローガン「アメリカ・ファースト」は、まさにリンドバーグが実際用いたものでもあった。ロス自身が「ただの詐欺師」と述べているトランプが強大な権力を行使していることを思えば、架空の過去と現実の現在との結びつきを見ずにいるのは難しいと柴田氏は指摘する。「トランプを予見したような小説」と多くの人が評したのには十分理由があったのである。

最後に柴田氏は、今回のドラマについて、政治上の激変を描きながらも、「焦点はあくまで、その政治によって、名もない市民たちが被る変化に当てられて」おり、無名の人々に寄せる共感が強く感じられると述べる。歴史の勉強ではなく、少年たちの、大人たちの不安と恐怖と苦悩を観る人がともに生きる。今年11月にアメリカ大統領選を控える中、ぜひ見ておくべき作品と言えるだろう。

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柴田氏の解説全文は以下の通り。

2004年にフィリップ・ロスの「プロット・アゲンスト・アメリカ」を刊行後まもなく読んだとき、これはジョージ・W・ブッシュ政権への怒りが背後にあると思った。描かれているのはあくまで1940年代前半、もしもチャールズ・リンドバーグが大統領選に立候補して勝利を収めたら、という仮定に基づくフィクションであり、迫害される人々はひとまずユダヤ系アメリカ人に限定されるが、民族や宗教の違いゆえに人の権利と自由が奪われていくという流れは、9/11以降のブッシュ政権下のアメリカで起きていることにほとんどそのまま重なるように思えたのである。

2020年のいま、これが本当に一国の大統領のやることだろうか、と改めて驚くことも忘れてしまうほど頻繁に信じがたい言動を現大統領がくり返すなか、ジョージ・ブッシュが当時どれだけ邪悪に思えたかを思い出すのも難しくなってしまったが、「愛国者法」で個人の自由を制限し、特定の国を「悪の枢軸」と呼んで世界を単純に白黒に塗り分ける姿勢は、アメリカの理想を踏みにじる暴挙に感じられたのだ。

1959年に「さようならコロンバス」でデビューして以来、「プロット・アゲンスト・アメリカ」以前に20冊の作品を発表していたフィリップ・ロスは、それまでにもたびたび、アメリカでのユダヤ人差別に触れてはいた。特に、ひとまずノンフィクションと称した2冊「The Facts: A Novelist"s Autobiography」(1988、未訳)と「父の遺産」(1991、集英社文庫)では、自分が子供のころ受けた暴力や、長年保険外交員を務めた父が会社で受けた不当な扱いについて書いている。また以前には、ニクソン政権を徹底的にからかった爆笑小説「われらのギャング」(1971)もあって、政治の世界にロスが踏み込んだのもこれが初めてではない。

だが、差別、迫害、不寛容といったテーマにこれほど正面から向きあい、社会の政治的側面を取り上げたのは、長い作家生活のなかでもおそらく「プロット」が初めてだった。それで、「そうか、さすがのロスも、政治について黙っていられなくなったか」と僕は早合点したわけだが、これは僕だけではなかったと思う。「プロット」で現代を描いたつもりはない、あくまで1940年代の仮想世界を描いただけだ、と作家本人は述べたが、小説は時に、作者の意図を超えて現実と反響しあう。「プロット」を読んでいる最中に、2000年代のアメリカを包んでいた非寛容の空気に思いをはせなかった読者はまずいないだろう。

2017年にドナルド・トランプが大統領に就任し、「アメリカ・ファースト」を打ち出すなか、「プロット・アゲンスト・アメリカ」はふたたび現実と反響しあうことになる。そもそも「アメリカ・ファースト」はリンドバーグにとっても鍵となる言葉だったし(小説でも現実でも、リンドバーグの活動基盤はThe America First Committee〔アメリカ優先委員会〕だった)、マイノリティを敵視し「アメリカ」が白人の所有物だという前提に立つところも共通している。「ユダヤ人」を「移民」と置き換えれば、「プロット」で起きていることと今日のアメリカで起きていることとの類似は明らかだった。アメリカでは多くの人々が――そして日本でも何人かが――「トランプを予見したような小説」と「プロット」を思い起こした。

ロス自身は、亡くなる1年ちょっと前、eメールでのインタビューで、リンドバーグとトランプの相違に触れて、リンドバーグは曲がりなりにも空の英雄であり勇気も技術もあり人格と実体があったがトランプはただの詐欺師だと述べている。だが「ただの詐欺師」に世界を動かす権力が与えられていて、詐欺師がその権力を非人間的な形で行使していることは事実である。HBOで「プロット・アゲンスト・アメリカ」をドラマ化した当事者たちも、またいち早く書かれた欧米の劇評の評者たちも、みな一様に、「プロット」がその現在進行中の事実に警鐘を鳴らす作品であることを強調している。ある作品が何かの事実に警鐘を鳴らしていることは、原理的にはその作品の芸術的価値とほとんど無関係だと思うが、今回ばかりは例外かもしれない。

小説「プロット・アゲンスト・アメリカ」が見事なのは、架空の政治的展開を説得力豊かに描きつつも、焦点はあくまで、その政治によって、名もない市民たちが被る変化に当てられていることである。読者は歴史の勉強をするより前に、フィリップ少年の不安を、フィリップの父の怒りを、母の葛藤を通して、迫害される個人と家族の生を自ら生きる。今回のドラマ化は、そうした原作の美徳を、各俳優の絶妙の演技もあって、もしかしたら原作以上にくっきり浮かび上がらせている。複雑なストーリーを安易にわかりやすくすることもなく、結末などはむしろ原作以上に曖昧になっているが、だからといってモヤモヤした終わりという印象がまったくないのは、無名の人々に寄せる、祈りにも似た共感が物語の底に流れているからにちがいない。

■『プロット・アゲンスト・アメリカ』(全6話)作品情報
<配信>
Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて配信中、毎週火曜一話ずつ更新中
<放送>
BS10 スターチャンネル【STAR1】にて7月9日(木)23:00より放送

(海外ドラマNAVI)

Photo:

『プロット・アゲンスト・アメリカ』
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