男性社会であるチェスの世界を舞台に、女性ベスの半生を描く今年の大ヒットドラマ『クイーンズ・ギャンビット』。本作の影響で、リアルな女性チェスチャンピオンが女性のチェス進出が促進されるのではと語っている。米Cnetが伝えている。
『クイーンズ・ギャンビット』は、1983年に出版されたウォルター・テヴィスの小説をドラマ化したリミテッドシリーズ。1950年代、児童養護施設で人並外れたチェスの才能を開花させたベス・ハーモン(アニャ・テイラー=ジョイ)を主人公に、彼女が依存症に苦しみながらも、想像もしていなかったスター街道を上り詰めていく姿が描かれる。
2015年、オーストラリアのシドニー。旧ソ連出身で50歳のイリーナ・ベレジーナは教室で25人の寄宿学校の男子生徒と向き合っていた。彼女は少年たちにチェスの遊び方を教えようとするが、彼らは何が起こったのか分からなかった。彼女は25枚のチェス盤を一つずつ少年たちの前に置き、25人と対戦したのだった。そして少年たちのキングが次々に倒れる。25人の少年たちは荷物をまとめ出て行く。「私は尊敬の念を得ました。それからは教えるのがずっと簡単になったのです」
『クイーンズ・ギャンビット』のワンシーンそのものをやってのけたイリーナは、現在新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑み、主にオンラインでチェスをしている。彼女はオーストラリアで最も優れたプレーヤーの一人であり、故郷旧ソ連では4年連続で女子チャンピオンに輝いた唯一の女子チェスプレーヤーでもある。そんな素晴らしい経歴にもかかわらず、イリーナはこれまであまり注目されていなかった。だが、『クイーンズ・ギャンビット』が配信されて以来、チェスへの関心が急上昇していることに気づいたという。
Netflixで何週間も1位をキープしていた本作についてイリーナは、「近所の人がみんなこの作品のことを私に聞いてきました。この作品はこれまで見てきたどの映画よりもはるかにリアルです」と話す。また、イリーナの夫で現在チェスのコーチをしているウラジーミル・フェルドマンは電話でこう述べた。「この作品は非常にプロフェッショナルに作られています」 その理由の一つには、史上最高のチェスプレーヤーの一人であるロシアのグランドマスターで元世界チャンピオンのギャリー・カスパロフ氏にコンサルタントとして参加しているからだ。
4歳の時にチェスに出会い、すぐにその才能を見出されたイリーナはまるで本作のベスのように"目をスカーフで隠したり、目を閉じてもチェスができる"という。ベスそのもののようなイリーナだが、世界最高の女性チェスプレーヤーは他におり、ハンガリーのグランドマスターであるジュディット・ポルガーだ。ユディットは2005年に世界選手権に出場した。しかしそれ以来、女性では誰も近づいていない。2018年には米国チェス連盟の会員のうち女性は14%しかいなかったが、それでもこれは過去最高を記録している。
前出のフェルドマンは、「女子の出場者が少ない理由の一つは、チェスが本当に男性主導の場だからだ」と語っている。そもそも『クイーンズ・ギャンビット』は1960年代の設定だが、女性が世界チェス選手権に出場することが許されたのは1980年代に入ってからなのだ。ベスと同じように、イリーナもオーストラリアでの航空券やホテルの費用を自腹で賄わなければならない。彼女はチェスのコーチや、映画の上映前の余興としてチェスをやるという仕事でなんとかやってきている。現実のチェスの世界ではワールドチャンピオンでない限り、生業を立てるのは大変だという。
オーストラリアではトーナメントで優勝しても1000ドル程度の賞金で旅費をかろうじて払えるほどの額だそうだ。イリーナは本作が新しい世代の女性がチェスを始めるきっかけになることを願っているという。「女性がチェスをすることについて何かしたいとずっと夢見ていました。このドラマはそのことにとても貢献してくれました。時々女の子から、"チェスなんてカッコ悪い"と言われることがあります。私はその態度を必死に変えようとしてきました」
チェスプレーヤーになり勝つことを夢見ていたイリーナはチェスの利点を説く。「多くの点で人間の役に立ちます。記憶力の向上、内気な子どもや積極的な子どもを助けたり、安価な娯楽を家族で一緒に楽しむこともできます。そしてチェスはスポーツですが、芸術でもあるのです」
これまで勝負に重きを置いていたというイリーナだが、今は違う。「昔はチェスで勝つことばかり望んでいました。ですが今は純粋にチェスを愛しているだけです」
『クイーンズ・ギャンビット』はNetflixにて配信中。(海外ドラマNAVI)
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Netflix『クイーンズ・ギャンビット』