HBOの新作ドラマ『欲望のセントルイス』で郊外のしがない男を演じるため、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』で大ブレイクしたデヴィッド・ハーバーは少しばかりの“変身”が必要だと感じていた。彼が演じる手話通訳のフロイド・スマーニッチは、中西部にいそうな小太りの父親であるべきであり、そのためにデヴィッドはプロテーゼの腹を着用して撮影に臨んだ。彼はこれを役作りの一環と振り返る。
-

『ストレンジャー・シングス』デヴィッド・ハーバー出演、『欲望のセントルイス』配信開始!
ジェイソン・ベイトマン(『オザークへようこそ』)、デヴィッド …
『欲望のセントルイス』フロイドが見せるダンスと、痛々しいほど不器用な大人たちの繋がり
『ストレンジャー・シングス』で5シーズンにわたり、英雄的な田舎町の警察署長ジム・ホッパーを演じたデヴィッドは、決して細身の体格ではない。これまでにも体重の増減はあったが、実に堂々としたガタイの持ち主だ。だが、劇中のフロイドは常に意気消沈している男であり、あのプロテーゼの腹はキャラクターになりきる上で大いに役立ったという。
デヴィッドは、自身が演じる役柄を「アメリカの風景の一部」と表現する。彼は『セールスマンの死』の新作リバイバル舞台を見たばかりで、1949年にウィリー・ローマン役を演じたリー・J・コッブが、自身の大きな体格に合わせて役を形成し、その体重のせいでセールスマンとして成功しないと嘆いたエピソードを思い出したという。「私は常に、アメリカ人男性とアメリカンドリームの原型について考えている」と語る。現在51歳のデヴィッドにとって、この役作りは自分自身とは異なる感覚を抱くための手段だったのかもしれない。
「それが極めて必要だったかは分からないが、私に一種のマスクを被らせてくれた。顔の髭もそうだ。それによって、内なる真の魂を解放できる。あの腹がなければ、あんなに楽しく自由に踊れなかっただろう」
フロイドは、心の優しい性格でありながらも、こじれた三角関係に巻き込まれる第三者だ。物語は当初、殺人ミステリーとして提示され、フロイドが被害者、彼の親友クラーク(ジェイソン・ベイトマン『オザークへようこそ』)と妻キャロル(リンダ・カーデリーニ『デッド・トゥ・ミー ~さようならの裏に~』)が容疑者として浮上する。しかし、フラッシュバックを通じて描き出されるのは、アメリカの郊外に潜む切望、不安、そして根深い羞恥心だ。

映画『幸せのちから』やドラマ『パトリオット ~特命諜報員 ジョン・タヴナー~』の脚本家であり、本シリーズのショーランナーを務めたスティーヴ・コンラッドが手がけた本作は、驚くほど陰鬱で切望に満ちたトーンが特徴だ。だが、フロイドが殻を破り、手足をだらりとさせて浮かれ気分で踊り出すとき、シリーズは無類の輝きを放つ。
この精神的な混乱の中でフロイドが見せる脆さこそが、作品の創造的な火花となっている。開発プロセスの後半から参加したスティーヴンは、デヴィッドのためにキャラクターを作り上げるにあたり、「デヴィッドにあらゆるものを投げかけた」と語る。「フロイドは非常に優しく寛大だが、暗い道を進んでいる。フロイドほど深く傷つくには、ある種の賢さが必要だ。デヴィッドはこの感情的な知性を持ってフロイドを演じなければならないが、同時にテディベアのようでもなければならなかった」
この複雑なトーンへの挑戦、そして外見をガラリと変えることは、戦う子どもたちの厳しくも愛情深い父親代わりとして世界的に有名になったデヴィッドにとって、願ってもないことだった。
『ストレンジャー・シングス』終焉とイレブンの運命
『ストレンジャー・シングス』がフィナーレを迎える頃、デヴィッドはすでに作品から離れる心の準備ができていた。ある時点で、物語は尽きてしまうものだと率直に語る。「私たちはこれらのキャラクターたちと行けるところまで行き、終盤は微妙な形で同じことを繰り返すようになっていた」当時、すでに次のステップとして『欲望のセントルイス』の企画を何年もかけて開発していたのだ。「業界でのアイデンティティを維持することにはあまりこだわらない。だが、もちろんチャンスがあることは頭にある。何が一番かっこいいものを作れるだろうかとね」
『欲望のセントルイス』は、「裏側の世界」が地球を支配する以前に彼が没頭していた、緻密なキャラクター作りへの回帰であり、新たな方向への一歩でもあった。デヴィッドは何十年も役者としてキャリアを積んできたが、これほど骨太な人間ドラマは初めての経験だ。
デヴィッドは、ミリー・ボビー・ブラウン演じるイレブンとホッパーの関係性にも独自のニュアンスを見出していた。「セラピストなら、私たちは常に、意識しているかどうかにかかわらず、共有されたトラウマを癒しようとしていると言うだろう。あの二人は完璧に噛み合うパズルのピースだった」
大晦日に単独エピソードとして初公開されたシリーズ最終回をデヴィッドは大いに気に入っているという。なぜなら、彼自身もシリーズがマンネリ化しつつあると感じていたからだ。「多くの人々は、彼女がスペインあたりで生きているかもしれないなどと考えている。だが、このシリーズの最初から、私たちはこの小さな女の子を愛しているものの、超能力を持つ少女がインディアナ州ホーキンスを走り回る状況は現実的ではなかった。彼女は普通には存在できないんだ。シリーズの最初から、彼女を殺さなければならなかったんだ」。デヴィッドはイレブンの運命について、何の曖昧さも残していない。ただし、最後にプロらしいジョークを付け加えることも忘れなかった。「まあ、Netflixが料金を上げる必要に迫られたら話は別だけど。そのときには“皆さま、新シリーズの『イレブン』をどうぞ!”ってなるさ(笑)」
メンタルヘルスとスターダムの光と影
『ストレンジャー・シングス』に関する思い出は、今でこそ気楽に語れるようになったが、ドラマが終了に近づく頃、デヴィッドの世間のイメージは大きく揺らいでいた。年末年始の時期、サンディエゴの公共の場で彼が見せた奇妙な振る舞いがRedditやタブロイド紙で拡散され、結果として彼は同作のフィナーレを祝う公式イベントを欠席することになったのだ。
「ブレイクダウン(精神的崩壊)したんだ」とデヴィッドは言い、その後、豪快に大笑いして言葉を続けた。「混乱してしまう瞬間がある。まさに地獄のような大混乱だ。多くの人々にも、メンタルヘルスに問題を抱える友人や兄弟、同僚がいると思う。そして、その人がうつ病になったり、躁病になったり、発作を起こしたりすると、周囲はかなり戸惑うはずだ」
デヴィッドは、自分の身に何が起こっているのか分からず困惑したファンを心配しており、彼自身もそのメカニズムを理解したいと願っている。だが同時に、昨今の世間におけるメンタルヘルス論争のあり方にはうんざりしているという。「無責任なくだらない議論が多すぎる」と、自身や同類の人々に関する報道について苦言を呈した。彼は、あるアワードで過激な行動を起こして騒動となった活動家の例を挙げながら、「精神疾患が実在する病気だと認めるか、認めないかのどちらかにすべきだ。そうでなければ、気に入らない奴をみんな石打ちにでもすればいい」と語気を強める。
「極度のストレス下では、ときに不規則な行動が引き起こされる。それは非常に恥ずかしいことであり、私も深く恥じている。自分が望んで選んだことではないし、最悪の敵にすらこんな状態は望まない。ただ、私たち表現者の一部にとって、才能は病気と密接に結びついているように感じるんだ。世界に対して過敏に反応する神経系を持っているからこそ、ジェイソンとブランコに乗るというあの素晴らしい演技の瞬間を味わうことができる。だけどそれは同時に、極限状態において、私に奇妙な行動を強いる引き金にもなるんだ」
『ストレンジャー・シングス』とは違うデヴィッドが見られるちょっと変わった大人向けドラマ『欲望のセントルイス』はU-NEXTにて配信中。

(海外ドラマNAVI)






