どんな世界にも、"人がランク付けされる"という現実がある。教育であろうが、仕事であろうが、スポーツであろうが、向上を目指す分野にはその進度や評価を示す尺度のシステム(階級)が存在するものだ。
本来、"芸術"と呼ばれるものには、上下や高低の評価があってはいけない気もするが、エンターテインメントビジネスともなれば、歌であれ、ダンスであれ、映画であれ、必ずそれらは、星(☆の数)/売り上げ/視聴率/賞 といった尺度でそのクオリティーや価値を問われる。俳優も例外ではない。ルックス以前に、演じる力に最も注目するハリウッドの業界では、日々試されるオーディションや、出演した作品のシーンの充実度によって、評価やランクに晒される。
もちろん、ヨーロッパのサッカー界の如く、毎試合の終了翌日に個々の選手の評価点をスポーツ紙に容赦なく掲載するようなことは僕ら俳優の世界にはないが、野球の世界にメジャー/マイナー/3Aや、1軍/2軍、といった区別が在るように、ハリウッドの俳優たちにも評価や昇級への各ステージが事実上存在していると言っていい。
厳密な線引きや、点数制のルールなどはない。だがハリウッドには確実に「俳優たちの価値、実績上のピラミッド」がある。僕らはその山を一段一段登っていく闘いにいつも挑んでいる。
2006年に米国の"ザ・キャスティング・カンパニー"という会社の敏腕キャスティング担当者たちが出版した『A STAR IS FOUND』(日本語翻訳版は「スター発見!」)という非常に貴重な本がある。彼女たちがこれまで未来のハリウッドスターたちをどのような形で発掘してきたかを克明に記録した名著だが、その中に書かれた彼女たちが日常使う業界用のランク名(いわば俳優たちの階級名)の英語がとても興味深いので、ご紹介したい。
それらは7つ。
Wannabes/Unknowns/Working Actors/Names/Stars/A-List Actors/Super Stars
この7段階のランクを、僕自身の経験も踏まえながら解説したい。
まず、Wannabes (Want to be) 。「ワナ・ビー」とは、プロ俳優 "志望の人たち" 。つまり、俳優たちの裾野、底辺。
大学の演劇学科や、演技学校に所属する者やその卒業者、その他にも俳優を目指し、とりあえずロサンゼルスやNYに移り住んできた者たちを指す。多くの俳優志望者は、プロとしての仕事のルートを掴むまで、宣伝写真を撮ったり、プロフィールを作成したりしながら、どこに送りつけたらいいのかをまず探ることになる。当然、アルバイトと同時進行だ。この Wannabes たちは、ハリウッドの街に人種を問わず山ほどいる。数万人(!?)ではすまない数字かもしれない。彼らは、映画俳優組合や演劇の組合などへの加盟を目指し、芸能エージェントとの契約を夢見ながら頑張る段階にいる。
次に Unknowns。
これはつまり"(業界内で)広くは知られてはいないプロ俳優たち"。芸能エージェントとついに専属契約を結び、映画・テレビ俳優組合などにも入れる仕事をいくつか獲得した段階。しかし、まだ業界のキーパーソンたちには顔も名前も覚えられていないので、演技の仕事だけで生活するのは難しい時期。この無名の俳優たちは、キャリアアップを図るために名門映画学校の短編フィルムに無償で出演したり、CMに出て稼いだり(米国ではCM出演はスターたちのステータスにはならず、主に無名の俳優たちが経験を積む場になっている)、時折メジャー映画の1シーンやテレビドラマの端役を掴んだりしている。
そして"知られざる者"から、一歩踏み出すのが Working Actors。文字通り"働いている俳優"の意味で、生き馬の目を抜くハリウッドやブロードウェイで、毎日毎月とはいわずとも度々メジャー作品やインディペンデント作品に顔を出し、仕事ができている段階。Working Actors となると、業界内では「顔を何かで見た」「あの作品のあの役ね!」と認知度や評価も少し上がり、大作映画やテレビドラマを手がけるキャスティング担当者たちのセレクト(人数限定の選抜)オーディションに声がかかるようになる。
セレクトされて呼ばれる場合は、数人に絞られているケースさえあるので、役を獲得できる確率はグッと増す。しかし期待値も当然上がるので、無様な演技は見せられない。そこで噛み噛みのセリフ回しや、落ち着きのないパフォーマンスを見せれば、次には声がかからない可能性もある。俳優なら、誰でも常にオーディションに呼んでもらえる、というわけでは決してない。Working Actors ともなれば、安定した演技とプロフェッショナリズムを当然求められるのだ。
Namesというランクとなると、俳優のステータスは1ランク上がる。Namesは"名の(顔の)通った、売れた"という意味だ。
例えば、もう米国では製作を終えてしまったが、僕の好きな『FRINGE/フリンジ』にレギュラー出演したランス・レディックは、業界人はもちろんのこと、視聴者にも「ブロイルズ役の人だ!」と知られる存在だ。こういうポジションの俳優は、さまざまな作品の中で主要な人物かゲストとして何度となく登場する。日本でも人気番組となった『リベンジ』のシーズン2に出演するケイリー=ヒロユキ・タガワのようなベテラン俳優であれば、TVと映画界の両方でNamesだと言えるだろう。
そして、Stars。Namesから、さらに飛躍してのし上がるポジションがStarsである。すなわち "スターダム"。TVドラマであれば主演や助演のレギュラークラス。もしくはインディペント映画の主演や、時には大作映画などでも主要キャストの一人として作品を牽引する役をこなす責任を負う。
今年製作が進行中(個人的に楽しみ♪)のテレビドラマ『S.H.I.E.L.D』で主演の一人を演じるミン・ナ(旧芸名:ミンナ・ウェン)は映画『ジョイ・ラック・クラブ』や『ER緊急救命室』でNames(アジア系社会ではもちろん"スター"である)として高く認識されるようになった。今回の『S.H.I.E.L.D』での活躍ぶりによってはマーベルやSFのファンたちから一層の熱い支持が予想される。彼女がStarsとしての高い地位に留まり続けることは、僕らアジア系俳優全体にとっても刺激的なことで、実に嬉しい。
NamesからStarsへと比較的に短い年数で鮮やかにステップアップする俳優もいる。日本でも評価の高いドラマ『パーソン・オブ・インタレスト』で主演を務めるマイケル・エマーソンのようなタイプは、その好例だろう。
さらに、メディアでよく騒がれ、耳にする単語がA-List Actors。このレベルのスターたちともなると、作品に箔がつき、出演の事実がニュースともなり得る。彼らが作品に出演を快諾することでプロジェクトが前進したり、製作予算の確保ができたりするほどの影響力を持つ。例えば、2006年公開の映画『バベル』は、元々インディペント作品であったが、ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットというA-List俳優たちが名を連ねたおかげで、メジャー級の注目度の作品となった。
人気ドラマ『ブレイキング・バッド』の演技でエミー賞やSAG賞を受賞し常に高い評価を受け続けてきたブライアン・クランストンは映画『ドライヴ』や『アルゴ』でも強い印象を残し、今やヒット作の常連のイメージを持ったA-List俳優になった。アカデミー賞やゴールデングローブ賞といった権威ある賞の受賞やノミネートで一気にこのA-Listに登り詰めてしまう人たちも稀にいる。まさに「アメリカン・ドリーム」の体現である。
しかしハリウッドの社会には、まだこの上がある。スターダムを駆け上がり、頂点を長年に亘り極めた俳優たちは、Super Starsと呼ばれ、敬意とともに崇められるようになる。彼らは、出演作にゴーサインを出させる要因となるだけでなく、自分自身でも作品を次々と積極的に製作することができる。最も顕著な例はクリント・イーストウッド、トム・クルーズ、ウィル・スミス。次々とエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ねるレオナルド・ディカプリオやジョージ・クルーニーらもこのクラスだと言える。彼らには、単に製作だけではなく、興行的な世界的ヒットと大きな収益が約束される存在としても常に期待されている。
僕が、2007年の秋に渡米した時の立ち位置は少し複雑で、米国業界に参入すると同時にUnknownsからスタートした形になる。日本での過去の出演歴はハリウッドではほぼ認識してもらえない外国人俳優だった自分。しかし、同時に『ラストサムライ』と『硫黄島からの手紙』という米国映画の出演クレジットがすでにあったおかげで米映画俳優組合に加盟することが叶っていた。渡米直前(労働ビザ取得前)の夏にロサンゼルスで敢行した懸命の売り込み活動も功を奏し、僕は芸能エージェントとも契約を交わしてから米国へ渡った。そして非常に奇跡的だった運は、渡米時には人気テレビドラマ『HEROES/ヒーローズ』へのゲストスター枠での出演オファーを受けていたことだ。
しかし、激しい競争を勝ち抜かなければならない この世界。外国人俳優の映画やTVドラマへの単発出演だけでは、容易には業界内で広く知られることはない。『HEROES/ヒーローズ』出演も、同年秋から数か月続いた脚本家組合のストライキの影響でシーズン途中でフィナーレを迎えたため、複数話登場の予定が1話になってしまった。Unknownsの俳優のままであることに変わりはなかった。
そこからは短編フィルムなどのオファーやオーディションなども積極的に受け続け、米国スタッフの視線の中でカメラの前に立つことに1シーンまた1シーンと慣れながら、何作かの大規模スケールの撮影にも臨み、Names、Stars、A-List 俳優/監督たちの仕事の姿勢を見つめ、ハリウッドでの現場経験を少しずつ増やしていった。
多くの日本人俳優たち(ハリウッドの地では外国人である僕ら) にとって、一つ目の壁はまずWorking Actorsになることだ。信頼される結果を出し続けて、この業界の内側に君臨できるかどうか、そこが分かれ道となる。そして次なる壁は、そこから業界人の間でNamesとして知られる存在になれるか?そこを突破できれば、Starsたちが属するステージが見えてくる。
"階級のピラミッド"の頂点は、果てしなく高い。
しかし1歩ずつ登れる階段がしっかりと用意されている。その1ステップ毎の高さは、誰もが足をかけられる高さであり、「日本人だから上がれない」などということはない。そびえ立つピラミッドは、ただただ、登る者の"意志と力"を厳しく問う。
それが続くかどうかの、試練なのである。
Photo:
レオナルド・ディカプリオ
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ジョージ・クルーニー
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ランス・レディック
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ケイリー・ヒロユキ・タガワ
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ミン・ナ
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ブライアン・クランストン
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ブラッド・ピット
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ケイト・ブランシェット
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クリント・イーストウッド
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トム・クルーズ
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ウィル・スミス
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