『クロッシング・ライン』ICC特別捜査チームのような"国際警察"は実在するの?

ドラマ『クロッシング・ライン』は、ヨーロッパで起こる凶悪犯罪に挑む捜査官たちの活躍を描くクライム・サスペンス。
国際刑事裁判所(ICC)の元地下倉庫を拠点とする特別捜査チームは、ICCから権限を与えられ、現在進行中の越境犯罪を現地で捜査。各国から集まった精鋭がヘリや高速鉄道でヨーロッパ全土を駆け巡り、法の手を逃れようと国境を越える犯罪者を追うさまは、まさにボーダーレス。

・・・でも、こういう「国際警察」的な組織は本当にあるのだろうか?

ミヘル・ドルンが首席監察官の《国際刑事裁判所》はオランダのハーグに実在するが、ルイ・ダニエル率いる《ICC特別捜査チーム》はフィクション。
ICCは戦争犯罪や人道に対する罪を糾弾する機関であり、ドラマのように警察官を現場に派遣して事件を捜査したりはしない。

一般的に、「実在する国際的な警察機構」と聞いてまず思い浮かぶのは《インターポール》だろう。

インターポールとは?

《国際刑事警察機構(ICPO)》=通称:インターポールは、1923年創設の国際刑事警察委員会(ICPC)を改組して1956年に設立。190の国と地域(2014年7月現在)が加盟する「世界最大規模の国際機関」で、日本はICPC時代の1952年から参加している。公用語は英語・フランス語・スペイン語・アラビア語。

事務総局(本部)はフランス・リヨンにあるほか、ユーロポール(※後述)や国連にも連絡事務所や特別代表部が。今年4月からはサイバー犯罪対策の拠点:シンガポール総局も始動。初代総局長には警察庁から派遣された日本人(中谷昇氏)が就任した。

インターポールに加盟すると、(原則)ひとつの組織を《国家中央事務局》に指定しなければならない。これは窓口のようなもので、ここを通じて外国の警察に協力を要請したり、他国からの捜査協力の依頼に応じたりする。
例えば、日本の国家中央事務局は警察庁で、フランスは内務省が管轄する国家警察の司法警察中央局ドイツは連邦政府内務省所属の情報機関でヴィースバーデンにある連邦刑事庁に担当部署があり、中国は北京、イギリスはマンチェスター、アメリカはワシントンD.C(の司法省)に国家中央事務局を置いている。

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インターポールの役割

ICPOの活動で代表的なものは「国際犯罪に関する情報収集・交換」「国際手配書の発行」

世界各地の国家中央事務局から情報を吸い上げ、まとめて蓄積。犯罪の分析や予防に役立てるだけでなく、犯罪の詳細や指紋・DNA・盗難品・パスポートなどの情報を《インターポール犯罪情報システム》としてデータベース化。各国の捜査機関からの照会を受けて、適切な情報を提供できるようにしている。

インターポールの国際手配書は9種類あって、容疑や内容によって色やマークが違う。
逃亡犯や行方不明者の所在発見などが主な目的で、近年の有名どころでいえば、
世界中で犯行を重ねる国際強盗団:ピンクパンサー
スウェーデン国内での性犯罪容疑でウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジ
アルゼンチンで裁判所の出廷命令を無視したジャスティン・ビーバー
などが国際手配の対象に。

ユーロポールとは?

そのインターポールよりさらに緊密な連携を目指し、エリアをヨーロッパに絞った「地域的な警察協力組織」が《欧州刑事警察機構》、通称:ユーロポール
1999年に欧州連合(EU)の法執行機関として設立。本部はオランダハーグにある。

1977年、西ドイツのコール首相(当時)がアメリカの連邦捜査局(FBI)をモデルにした警察組織の創設を提唱したのを受け、94年に麻薬犯罪に関する情報提供機関《ユーロポール薬物対策室(麻薬部)》が設置。その後、98年発効のユーロポール協定で実働スタートし、ユーロポールは翌年のアムステルダム条約で警察・刑事司法協力の要と位置づけられた。
現在はアメリカ・ロシア・オーストラリア・ノルウェー・スイスなどEU以外の国(15か国)も協力国として参加している。ちなみに『クロッシング・ライン』のルイ・ダニエルは、「司法警察中央局の元警部でユーロ―ポール担当」だった。その頃「9.11後にNYPDからユーロポールへ出向していたカール・ヒックマンと知り合った」ことになっている。一見、EUと関係なさそうなアメリカ人のヒックマンがユーロポールにいたとの設定は、アメリカがユーロポール協力国だということも前提になっているのかもしれない。

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ユーロポールの目的と任務

主な活動は、「犯罪情報の収集・研究・分析・交換」「構成国の捜査機関や警察組織への助言」
インターポール同様、逃亡犯・テロリスト・盗難品・偽造パスポート・偽造紙幣・麻薬などに関する情報システムを構築。ただし、インターポールよりもっと細かく分類され、個人情報もかなり登録されているため、データベースを閲覧する権限も厳しく制限されているという。

ユーロポールが扱うのは複数国に及ぶ広域重要犯罪で、テロ、人身売買、マネーロンダリング、麻薬・放射能(核)物質の密売など。各国の警察機関が情報を共有することで、こうした国際的な重大犯罪に対処しやすくすることがユーロポール最大の目的。

構成国は本部との窓口となる《国内部局》を置き、国内部局は自国の警察官・憲兵などから《連絡官》を選んで本部へ派遣。連絡官は、国の代表として自国とユーロポールの情報交換や連絡伝達を担当する。

多言語主義のEUには24もの「公用語」があり、使用言語はそれ以上。国が違えば母国語も違う場合がほとんどで、事件や容疑者について他国に問い合わせしようにも、相手の言語によってはコミュニケーションがとりづらくなってしまう。『クロッシング・ライン』の登場人物は、相手が同国人でも核心に迫る話は(なぜか)英語だが、現実にはネイティブレベルの英語力を持つ捜査官ばかりではない。そこで、間に立つユーロポールは、EU中の警察をつなぐ調整役として各国の警察機関からの問い合わせと返答にそれぞれの言語で対応。これも、多文化の共生を目指すヨーロッパの組織ならではといえそう。

捜査できないユーロポールが《ICCチーム》を生んだ

「ヨーロッパ版FBI」をイメージして作られたユーロポールだが、FBIのように事件を捜査したり、容疑者を逮捕したりする権限はない。インターポールにも警察権はなく、職員にも「インターポール捜査官」「ユーロポールの警察官」という立場の人間はいない。

越境犯罪の解決に各国の警察・検察の協力は必要不可欠。でも、警察・司法権はその国の主権に関わる重要事項なので、自国の警察は他国で警察権を行使できない。かといってインターポールやユーロポールが代わりに外国で捜査してくれるわけでもない。機構は支援・調整役で、あくまで捜査するのはその国の捜査機関だけ。

クロッシング・ライン』でICCの特別捜査チームが結成された背景には、この微妙な問題がある。

1993年、マーストリヒト条約の発効で誕生したEU。国境緩和で人や物の移動が自由になったが、「人」の中には犯罪者もいるし、「物」には麻薬や盗品、ときには人身売買の対象となった人間が含まれることも。越境のハードルが下がって移民問題も深刻化。犯罪者の逃亡は容易になり、犯罪の内容も巧妙化・凶悪化、犯罪に巻き込まれる危険性も高まった。

ユーロポールはこうした状況に対応すべく設立されたはずが、情報はあっても実質的な権限がなく、一刻も早い解決が求められる越境犯罪の捜査もできない。ユーロポールにいた(という設定の)ルイもきっと歯がゆい思いをしていたはず。そこで必要とされたのが、国境を越えて捜査できる権限を持つ特別な警察組織=ICC特別捜査班だった。ルイの「ユーロポール時代のジレンマ」がチームの設立を後押ししたともいえそうだ。

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越境犯罪に立ち向かうEUの取り組み

EUには、ユーロポールのほかにも独自の制度が。

《欧州共通逮捕状(EAW)》は、犯罪者の逃げ場をなくし、EU域内における容疑者の身柄引渡しをシンプルにするために導入された制度。逮捕の根拠を相手国に十分に示さなくても引渡し要求ができる。

刑法や警察・司法の仕組みは国ごとに違う。ある行為がA国では犯罪でも、B国では罪にならないことも。A国で罪にあたる行為をした人物がB国に逃げても「B国内では違法行為でない」とか、A国で死刑になる可能性がある場合などは「人道的観点から」応じないケースも。自国民を容疑者として他国に引き渡すか否かはその国次第。しかし、A国の法に基づいて発布された欧州共通逮捕状は、他の加盟国でも有効。容疑者の逃亡先(B国)の警察がA国の代わりに犯人を逮捕することができる。

・・・とはいえ、全ての引渡しが認められるわけではなく、逮捕が違法だとして釈放されることもある。全加盟国で考えが一致しているとは言えず、《欧州共通逮捕状》=ワイルドカードにはなっていないよう。

前述のアサンジ氏も、スウェーデンが発布した欧州共通逮捕状とICPOの国際手配により、イギリスで逮捕された。スウェーデン当局は引渡しを求め、イギリス側も移送を決定したが、保釈中にエクアドル大使館で政治亡命を申請したため、いまだ身柄の引渡しは実現していない。

2002年に発足した《ユーロジャスト(欧州司法機構/欧州検察機構)》は、加盟国の司法(検察)当局が越境犯罪を訴追するための捜査や手続きを行う際、当事国の司法機関を支援したり相互協力を推進したりする組織。各加盟国が任命した検察官・裁判官・警察職員(や、彼らと同等の権限を持つ代表者)で構成され、犯人の身柄引渡しや組織犯罪の捜査・起訴にあたり、当局間の調整などを行う。いわば「ユーロポールの検察版」。本部はオランダのハーグで、実は国際刑事裁判所と同じビルの中にある。ついでに言うと、ユーロポールへは車で20分ほどの距離。

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ICCチームとの類似点

ユーロポールとユーロジャストの関係は、ICC特別捜査チームと国際刑事裁判所のそれに似ている。だが、前者が直接の捜査・逮捕・訴追をせず、あくまで各国当局の支援にとどまるのに対し、後者の設定は実際に捜査・逮捕し訴追できるという違いが。刑事事件の捜査や逮捕・訴追に直接関わるという点で、どちらかというとFBIと連邦検察の関係に近い。

本作の中で描かれるICCチームと各国警察の「なんとなくギクシャクした雰囲気」も、FBIと地元警察の関係を思わせる。製作総指揮のエドワード・アレン・バーネロは、業界に入る前、地元シカゴで警察官として10年間勤務していた。犯罪捜査モノでよくある「乗り込んできたFBIと地元警察の間の不協和音」。もしかするとエドワード自身も警官時代に経験したことがあったかも!?

イタリアからチームに参加しているエヴァは第1話で、ICC特別捜査班を「いずれ必要なくなるかも」と言った。実際、ユーロポールの権限を拡大すべきとの意見も出ていて、本格的に「ヨーロッパ版FBI」となる日が来る可能性も。

ただ、「自国内における警察権の行使」という重要な国家主権の問題でもあり、主権侵害になる懸念が。それに、制度を変えるには加盟国全ての批准が必要。ユーロポールは、93年の草案作成から全加盟国の批准を経て実働までに5年もかかった。現実世界で《ICC特別捜査チーム》のような、本当の意味での「国際警察」が生まれるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

 

DVDリリース情報
『クロッシング・ライン』シーズン1 発売中
5枚組 全10話 12,000円+税
『クロッシング・ライン』シーズン2 発売中
6枚組 全12話 14,400円+税

Photo:『クロッシング・ライン』
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