完璧。圧倒的な水準でテレビドラマ界を席巻!!! 『True Detective/トゥルー・ディテクティブ』の深みに迫る(後編)

マシュー・マコノヒーの上昇気流が止まらない。

今年3月、アカデミー賞のレッドカーペット上で、数時間後には
主演男優賞のオスカー像をその手に握りしめることになるマシューに、
開口一番、僕は言った、

「2013年は、あなたの年でしたね! すべての気運を掴んだような」

マシューは、

「誇りに感じられる仕事...『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
『True Detective』そして『MUD-マッド-』『ダラス・バイヤーズクラブ』
といった映画の公開が、ちょうどこの年に重なったんだ」

と、偶然にそれらが続いただけであるかのように、さらりと答えた。
しかしもちろん、これだけの秀作の数々が、そのキャリアに加わったことが "偶然"
であるはずがない。これは彼自身が、覚悟をもって築いてきた成果だ。

 

僕は彼に、必ず聞きたいと思っていた質問を投げかけた。

「賞レースでの受賞スピーチやインタビューの中で、自分のことを"Underdog"
言い表していますよね? でも、敬意を込めて言いますが、僕はそんなことないと
思います」

マシューはニカッ! とトレードマークの笑顔を見せて問い返した、

「そんなことない!?」

「全然!!!」

僕は声を大にして応えた。

ギャンブルの対象になるドッグレースで、優勝候補のことを「Top dog」と呼ぶが、
その逆に"負け候補/負け組/負け犬"を指すのが「Underdog」という言葉だ。

彼は、1996年にサンドラ・ブロックサミュエル・L・ジャクソン
ケヴィン・スペイシーらと共演を果たした映画『評決のとき』で一気に
時の人となり、スティーヴン・スピルバーグ監督作品『アミスタッド』などにも続けて
抜擢され、若手実力派として目覚ましいほどのスター街道を歩んだ成功者だった。

しかし、2000年代には、海辺で恋が展開する類いのロマンチック・コメディ系作品や、
大ヒットとはならない冒険アクション作品に登用され続け、二枚目で
ライトな俳優のイメージがこびりついてしまった時期があった。
それでも、ハリウッドで主演作が続くことは、"底辺"とはいえない。
2008年に出演した『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』はコメディの秀作だったが、
マシューは急遽降板したオーウェン・ウィルソンの代役としてカメオ的な出演をして
印象を残したものの、ここで演じたのも軽いノリの芸能エージェント役だった。

しかし、彼は「もっと自分には何かができる」と熟慮し、家族やエージェントと相談し、
一旦その流れを断ち切る決意を固めた。

似たような作風の仕事を受けることを止め、1年半が過ぎ去る。
演じない日々というのは、怖いものだ。特に、1度スターダムにのし上がった人間には辛いものだろう。
強い心、そして家族の支えがあって乗り越えたのだろう。

2年近くが過ぎると、風向きが変わった。
ウイリアム・フリードキンスティーブン・ソダーバーグといった名監督らが、
新鮮なイメージと個性を求め、マシューに白羽の矢を立てるようになったのだ。
そこから、復活の快進撃の狼煙が上がる。

『リンカーン弁護士』『ペーパーボーイ 真夏の引力』『マジック・マイク』...
中小規模でも質の高い映画への出演を積極的に選択し、存在感を増していく。

そして『ダラス・バイヤーズクラブ』に向け、体重を13キロ落とした時点で
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でシーンをさらう快演を見せ、さらに
スケジュールの合間を縫って、計21キロに及ぶ減量を成功させて、『ダラス~』の
主人公ロン・ウッドルーフ役をわずか25日間という短い撮影で演じきった。

おそらく、『True Detective』に撮影のため6ヶ月間を注ぎ込んだのはこの直後だろう。
刑事ラスト・コール役を演じたマシューの身体はまだかなり痩せたままで、頬がこけている。
しかし、その体型を逆手に利用し、そこから17年間(1995、2002、2012という場面を結ぶ)をかけた捜査の歳月を
表現するために、さりげなく体格を徐々に変えていくことに成功している。
それだけに、演技に説得力があり、その人物の"背景や過去"を垣間見た気に
させられるのだ。

 

さらに、もうひとつ、マシューの"私的"な要素がこのドラマには利用されている。
それは、ウディ・ハレルソンとの友情だ。実はこれが3度目となる共演で、
二人は俳優として長年の付き合いのある気心の知れた仲なのだ。

人生のキャリアの分岐の時期にさしかかっていたマシューは、『True Detective』の
オファーが舞い込んだ時、最初の2話の台本を渡されたそうだ。
その質の高さ、完成された世界観、オリジナリティー、明確な人物像を読み取り、

「I"m in.(やる!)」

と即答したそうだ。しかし、検討されていたマーティン・ハート役ではなく、
ラスト・コール役を演じることの条件に挙げた。そして、ウディを相棒のハート役
に提案したのも、他ならぬマシューだった。
こうして、(テレビシリーズとしては)"革命的な"配役が決定したのだ。

近年、テレビシリーズのクオリティーが驚くほどに洗練されていることで、映画俳優が
テレビドラマに出演することに対し抵抗が無くなっていることも、出演を決める要因と
なったとマシューは語っている。

マシューとウディの演技のケミストリー(化学反応)には目を見張る。仕事上のパートナー
でしかない、という刑事二人の距離感が絶妙でありながら、一緒に居ることがしっくりと、
自然な空気を生んでいる。コラムの前編でも述べたが、たった8話での完結には惜しい
組み合わせだ。

二人は、職務としての「正義」を貫く情熱と勇敢さを見せてくれるが、それぞれの
人生にはグレーな領域があり、ただ規律正しく生きる刑事たちではなく、その闇の部分が
真に奥行きをもって演じられている。
6ヶ月間という、通常の1本の映画よりも長く役を演じ続けることで、真実味のある
「疲れ」も演技に加わった、とマシューは語る。

ウディは本ドラマ関連のインタビューの中で、マシューの演技について、
「彼は、常にラスト・コールとしてそこに居たよ。時には、本当にラストの言動に
苛つかされ、僕はリアルに腹を立てていたんだ!」
と、その在り方を称賛している。

マシューは2014年の批評家協会テレビ賞のドラマ部門において、
本作で主演男優賞を獲得した。

おそらく、8月開催のプライムタイム・エミー賞でも受賞する可能性が高い。
そう確信できるくらいの演技を、彼は披露している。
もし受賞を果たせば、アカデミー賞とエミー賞の主演男優賞を同年内にW制覇した
初めての俳優
となる。
また『True Detective』には、エグゼクティヴ・プロデューサーとしても
彼は名を連ねているので、作品自体の受賞の行方も気になるところだ。

 

そしてこの12月には、映画ファンの熱い支持を受け続けるクリストファー・ノーラン
監督が手がけた『インターステラー』という、超話題の主演映画も公開される。

ほんの何年か前まで、ロマンチック・コメディばかりが続く、不遇な時代があった。
50億円、100億円、時には200億円という総予算のハリウッド映画の企画に
毎年ゴーサインが出て製作されている中で、快心の俳優人生2度目の出世作『ダラス・
バイヤーズクラブ』も、なんとわずか5億円という低予算で撮られた作品だ。
その脚本は、20年の間、業界で誰も手を出さずに埋もれていた。

だから彼は自分のことを、真摯に「Underdog」と言い表す。
そんな謙虚さ、潔さを見せる彼のファンに、僕はなった。
『True Detective』の全8話を見終えた時、
マシューへの"興味"は"敬意"に変わった。

「Underdog」と、かつて評したのは、
もはやマシューただ1人だ。

立ち止まる勇気と、作品の質にこだわる覚悟が
すべてを変えた。

今では「Top dog」として、追随を許さないほどの速度で
真似の出来ない見事な走りっぷりを、
彼は世界に見せつけている。

Photo
アカデミー賞レッドカーペット 撮影:WOWOW中継スタッフ
True Detective (2014) - filmstill (c)amanaimages
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