サヴァン症候群と言う言葉を耳にしたことがあるだろうか? ある特定の分野において、常人の域を超えた能力を持っている人の症状のことだ。こう聞くと「じゃあ、いわゆる天才か」と思うかもしれない。ある意味そうなのだが、自閉症スペクトラムも持ち合わせていることが特徴である。1988年の映画『レインマン』でダスティン・ホフマンが演じたレイモンドと例えるとわかりやすいかもしれない。
そんなサヴァン症候群の若手外科医ショーン・マーフィーと、彼を取り巻く医師や患者の物語『グッド・ドクター(原題はThe Good Doctor)』が米ABCにてこの秋からスタートした。
同作は、韓国で高視聴率を獲得した『グッド・ドクター』を、大ヒット医療ドラマ『Dr. HOUSE--ドクター・ハウスー』のクリエイターであるデイヴィッド・ショアがリメイクしたもの。『HAWAII FIVE-0 』のチン・ホー・ケリー役で有名な韓国系アメリカ人のダニエル・デイ・キムがプロデューサーの一人として参加している。
その注目度は高く、予告編が公開されると同時に爆発的な視聴回数を記録。初回放送の視聴者数は、日本でも話題の『THIS IS US 36歳、これから』の同一週のそれとほぼ変わらない1920万人を獲得し、第2話放送終了後、早くもフルシーズンの製作が決定した。「また医療ドラマか」と思った視聴者の思惑を大きく裏切り、今までのそれらとは異なる視点で描かれ、全米で話題になっている『The Good Doctor』。まずは、そのストーリーを紹介しよう。
舞台は、カリフォルニア州サンノゼ。若手外科医のショーン・マーフィーは、ボナベンチャー総合病院の面接のため、空港に到着したところだ。外に出ようとしたその時、天井から落下したガラスの下敷きになった少年が重体となる。泣き叫ぶ少年の両親に群がる人々。現場に居合わせたショーンは、その場で手に入るあらゆるものを駆使し、少年の応急処置をすることに。
一方、ボナベンチャー総合病院の会議室では、役員たちが議論を交わしていた。コミュニケーションが苦手な自閉症のショーンを雇用するか否かという議題だ。ショーンが子どもの頃から知り合いの病院長、アーロン・グラマン医師だけは、自閉症がある医師でも、チャンスを与え雇用するべきだと主張。一方で、"欠陥"があるショーンのせいで、患者を危険にさらす可能性も否めないとはっきり意見する者も...。
ショーンによって一命をとりとめた少年は、ボナベンチャー病院に搬送される。付き添ったショーンは少年の所見を医師に伝えようと試みるが、コミュニケーションが上手く取れず、掛け合ってもらえないまま追い出される。そんな中、搬送された手術中の少年の容態が急変。原因がわからず戸惑う医師らが、ショーンの言っていたことを思い出し、彼を探す。そして一般的には考えにくいショーンの診断を心エコーで確認し、手術は成功。彼の診断が正しかったことがわかる。そして結論が出ないでいた役員らが待つ会議室に向かったショーンは、面接である質問をされるのだった――。
では次に同作が今までの医療ドラマと異なる点や、その魅力をお伝えしよう。
◆主人公である医師が、周囲に理解されず偏見を持たれ、粗末に扱われる
医療ドラマといえば、医師や看護師が上手く連携を取りながら人命を救助する、人間ドラマであることが多い。だが、『The Good Doctor』のショーンは、医師や看護師、患者と上手くコミュニケーションが取ることができない。 周りからイジメとも取れるような皮肉や嫌味を言われたりしても、それが理解できないこともある。病院内の医師やスタッフは、ショーンの行動に困惑するとはいえ、彼がサヴァン症候群を抱えていることを知ってはいる。だが患者からすると、突拍子もない発言をしたり、行動に出たりするショーンを理解できず、そのことが彼の医師としての技量に疑問を投げかけることも。ショーン独自の奇抜な手術案を他の若手医師が横取りしたり、チームの上司であるメレンデス医師からは全く信頼されず、雑用係りとしてしか扱ってもらえない。そんな冷遇を受けていることさえにも気づかず、ただただ純粋に人を救うためなら雑用でも度がすぎるほど一生懸命こなす。時にコミカルで、真っ直ぐな心を持ったショーン。そんな愛らしい主人公が医師の医療ドラマは、今までになかっただろう。
◆『ベイツ・モーテル』で青年殺人鬼を怪演したフレディ・ハイモアの演技が天才的
ジョニー・デップと共演した『ネバーランド』と『チャーリーとチョコレート工場』で名子役として注目され、シーズン5で終了したばかりの『ベイツ・モーテル』では徐々に殺人鬼になっていく高校生ノーマン・ベイツを怪演したイギリス出身のフレディ・ハイモア。彼の演じるショーンの姿に多くの人が感嘆の声を上げている。彼の話し方はもちろんのこと、細かい眼球の動き、指の仕草、歩き方、全てが入念にリサーチされて演技に取り込まれていることがわかる。ソーシャル・メディアなどでは、特に自閉症スペクトラムの家族や友人を持つ人たちから、フレディの演技が絶妙であるというコメントが多く書き込まれている。
もちろん、実際にはその症状は千差万別なのだが、ショーンのような人も存在し、フレディの演技はエミー賞に値するとの意見もすでに上がっているほど。「同じ症状を抱える子どもと一緒に視聴している。ショーンは夢を与えてくれる」という感想も多く聞かれる一方で、ショーンが変な目で見られたり、ないがしろにされたりするシーンはリアル過ぎて見ていられないという声もある。 視聴者の感情をそこまで揺さぶる、そんなフレディの比類ない名演技は必見だ。
◆脇を固める豪華キャストたち
ショーンを取り囲むキャストもベテラン揃いだ。彼が14歳の時からずっと見守ってきた病院長のアーロン・グラマン医師に、『ザ・ホワイトハウス』ジーグラー広報部長役で知られるベテラン俳優、リチャード・シフ。ショーンの雇用に反対の上司ニール・メレンデス医師に、『プリティ・リトル・ライアーズ』フューリー刑事役のニコラス・ゴンザレス、野心家の外科部長マーカス・アンドリュース医師に、『リミットレス』ボイル捜査官役のヒル・ハーパー、ショーンの理解者になろうとするクレア・ブラウン医師に『恋愛後遺症』イーヴィー役のアントニア・トーマス。患者を救う使命を持った医師という立場は同じでも、ショーンに対する考え方はそれぞれ異なるキャラクターたちが、物語を通じてどう変わっていくのかも見ものだ。
また、現在進行形で人命救助が行われる中、時としてショーンの子ども時代のフラッシュバックが映し出される。彼がなぜこのような行動をとるのか、どうしてこれをやらないのか、過去のトラウマや思い出などが徐々に紐解かれていく。また、病院内だけでなく、ショーンが住むアパートの隣人たちとの交流も彼を社会的に成長させていく糧となっていく。1話1話を通じて、「そうか、そういう見方をするんだ」、「こう接したらいい場合もあるのか」とショーンを徐々に理解できるようになることが私たちのよろこびにもつながり、またもっと彼を見守りたいと感じるようになる。
身近に同じ症状を抱える人がいる人も、いない人も、自閉症スペクトラムを抱える人への理解が深められるきっかけになるかもしれない本作。迫真の演技で表現される愛すべきピュアな主人公と、彼を取り巻く様々な考え方や利権が交差する、新しい視点で描かれた医療ドラマ『The Good Doctor』。ショーン・マーフィー医師に出会った時、あなたは何を感じるだろうか?
Photo:フレディ・ハイモア (C)AVTA/FAMOUS