非正規雇用の青年を死に追いやった「腐敗したシステム」をあぶり出す...実話ベースの衝撃作『Killed By My Debt』

英BBC Threeで配信中の『Killed By My Debt(原題)』は、ジェローム・ロジャースという青年の実話をもとにしたドキュメンタリータッチの社会派ドラマ。非正規雇用により借金苦に陥った若者が、タイトル通り自殺に追い込まれるまでを描く衝撃作だ。

【関連記事】実話ベースの衝撃作『Killed By My Debt』紹介動画はこちら

■「ゼロ時間契約」の非情な実態

19歳のジェローム(チャンス・ペルドモ)は、バイク便の仕事で初就職を果たした。勤務形態は「ゼロ時間契約」と呼ばれるもので、雇用主の呼びかけに応じて働く。勤務日は自分で選べるが、仕事がない日が続くこともあり所得は不安定だ。ジェロームも、数週間で89ポンド(約1万3000円)の収入を得ることもあったが、毎週ガソリン代や保険、ジャケット代などを支払う義務があり、基本的には週に18ポンド(約2600円)しか稼げない。

やがて、ジェロームは小さな交通違反を重ねて130ポンド(約1万9000円)の罰金を科されてしまうが、支払う余裕を失っていた。罰金は雪だるま式に膨らみ、1000ポンド(約14万6000円)以上に達した時、ジェロームは母と義父に打ち明けることもできないまま、15社もの消費者金融と契約してしまう。それによってさらに首が回らなくなった彼は、裁判所の執行官から命綱であるバイクを押収されて絶望し、かつて遊びに行っていた森を死に場所に選ぶ。仕事に就いてから1年あまり、20歳の若さだった。

■胸に迫る鋭いメッセージ性と新人俳優の演技

本作は、近年イギリスで国民的議論となっている「ギグ・エコノミー」にメスを入れた作品だ。ギグ・エコノミーとは、非正規雇用で成り立つ労働市場のこと。勤務日(時間)がフレキシブルだが賃金が少なく福利厚生がないゼロ時間契約は、その象徴である。その弊害から固定時間契約に切り替える企業も増えたが、2017年には110万人がギグ・エコノミーで働いており、依然として深刻な社会問題となっている。英The Timesは、ギグ・エコノミーの犠牲者であるジェロームの件を忌まわしい現実だとし、その社会の在り方を本当に人々は望んでいるのか?と問いかける。

本作はまた、債務回収にまつわる欠点も社会問題としてあぶり出した。英Telegraphは、ジョセフ・バーマン監督のコメントを通し、罰金の召喚状がパソコン上で自動的にはじき出されたもので検討を経ていないこと、その裏でヤミ金融と債務回収業者が若く美しい女性の広告で客を集めていることを指摘。評議会や裁判所のシステムに非人道的な問題点があることを、このドラマは社会に訴えている。

各メディアとも見ていて胸が痛い作品だと口をそろえるが、同時に主人公に扮した新人俳優チャンス・ペルドモの演技を高く評価。Telegraphは演劇界の名優で叙勲経験もあるキウェテル・イジョフォー(『それでも夜は明ける』)を引き合いに出し、英The Guardianは信じがたいほど美しく繊細な心理描写を見せたとして、それぞれ絶賛している。

■「救いがない」ドラマではなかった

本作では、執行人がジェロームの死に直面する実際の映像も使われており、観ている者に衝撃を与える。The Timesは、自殺サイトで死に方を調べた上で実行に移すジェロームの姿はあまりにも悲惨で救いがなく、「合法的に」ジェロームを追いつめた執行人およびシステムが人の命を軽んじたのだと非難する。

作中の個人名や組織名を実名にした意義は大きいと言えるだろう。The Guardianは、企業名や罰金などのデータをあげながら、就職でつまずく若者が底辺から這い上がることのできない労働構造が悲劇を生んだのだとし、ジェロームを死に至らしめたのは腐敗したシステムだと結論づける。

ジェロームの母、トレイシー・ロジャースは息子の死を受け、非正規で働く若者たちのためになればと制作に協力したという。配信開始後は議論も活発になり、母の思いは社会を動かしつつあるようだ。(海外ドラマNAVI)

Photo:『Killed By My Debt』
(C) BBC/Parisa Taghizadeh