• トップページ
  • 特集
  • 目指せ、追い越せ、ハリウッド★スター LAに行った日本人俳優たちの現在(いま)!

SPECIAL 特集

目指せ、追い越せ、ハリウッド★スター LAに行った日本人俳優たちの現在(いま)!

ジャンルに合わせた演技スタイルを研究-俳優 渡辺広

Photo

ぎらぎらした役者の多いハリウッドで、渡辺広は珍しく無色な存在だ。目立たない、というのではない。いったん役に入ってしまえば、その色はがらりと変わるという意味だ。

渡辺は、日本をテーマにした最近の映画の常連俳優だが、直接インタビューしてみて「あれ、こんな人だったんだ?」とスクリーンからの印象と全く異なる透明性に驚いた。

そんな“無色”にまれな個性を見出され、インディペンデントのコメディ映画『ホワイト・オン・ライス』では、裕木奈江、ジェイムズ・カイソン・リー(『HEROES/ヒーローズ』)を共演者に堂々の主役抜擢だ。ドラマからコメディまで、ジャンル変われば、演技も変わる。

渡辺は、ハリウッド・スタイルのバーサタイル(多芸な)アクティングを実践、徐々にその存在感を高めている。

アメリカの演技メソッド、そして英語の壁

日本では、有名劇団の養成所からスタートした渡辺の俳優人生。

日米で演技を学んだ経験から比べると、
「俳優のトレーニングの仕方が日米では全然違う。アメリカはトレーニングの仕方がかなり丁寧で、順々に追ってトレーニングしていくんです。トレーニングの方法論が確立されているんですね。だから、そんなに才能のない人でも、誰でもその通りにやれば、ある程度になってしまいます 」。

アメリカの演技メソッドは、“才能がなくても、誰でもうまくなる”というもの。逆をいえば、うまい新人俳優がどんどん生まれてくるのが、ハリウッドともいえる。ライバルは一日一日多くなる。日本で演技経験があり、芝居では負けていないと思っていた渡辺だが…。

「オーディションを受けたんですけれど、英語が全然できなくて…。これじゃあ、せっかくアメリカに来たのに芝居ができないぞと思いました」。

日本からアメリカに来て1、2年の日本人がアメリカ人と同じ土俵に立とうというのだから、難しいはずだ。“急がば廻れ”、渡辺はアメリカで演技を続けるために、一時演技者の立場から離れてみた。

「小さなコミュニティ劇団みたいなところで、ボランティアで大道具の仕事をやり始めました。その間、英語も勉強しました」。

こうして仲間を作り、演出家とも知己を得て、小さい役をもらった。英語がうまくできないうちは、オーディションで役を取ることは難しかったのだ。

「10個くらいなんですけど、ちゃんと台詞をもらえました。その台詞を何回も練習していけば、英語がそんなにできなくても、大丈夫。そうやって(役を)もらってました」。

ビッグチャンス、『ラストサムライ』に乗り遅れそうに…

だんだん英語も上達し、芝居を中心にオーディションで役を取れるようになってきた渡辺。やがて、念願のシェークスピア劇に出演できることとなった。しかし、1カ月半もの公演期間、中世はイングランドの時代に没頭していたうちに、ハリウッドの日系俳優の間では、ある大作映画のオーディションの情報が飛び交っていた。
『ラストサムライ』である。

「シェークスピアの芝居をやっていたために、情報のアンテナを張ってなくて、(オーディションに)行けなかったんですね。日本人の脇の小さな役の人たちは、もう決まっていました。『シェークスピア、こんな一生懸命やったのに』と、がっくりしてたんです。そう思っていたら、一つだけ役があるらしくて」。

Photo

渡辺謙演じる勝元が幽閉された屋敷に、トム・クルーズら一行が救出に向かう印象的なシーンがある。その屋敷の護衛役、それが渡辺の役。

「(最初のオーディションで)50人、100人見て、4人くらい選んだんです。後でもう一つ役ができて、また他の人を見てみようということになって、僕が行って取った。でも、そっちの役の方がその他の役よりも大きくて、僕にしてみたら、(最初のオーディションに)行かなくてよかったなと。シェークスピアを一生懸命やってよかったなと思いました」。

余談だが、渡辺、『ラストサムライ』撮影日の休憩時間に、シェークスピア劇にチャレンジしていたことを、共演者の英俳優ティモシー・スポールに話したところ意気投合。ロイヤル・シェークスピア・カンパニー出身のスポールはトムにもその話をしたらしく、その直後からトムまでも、渡辺に親しみをもって対応してくれるようになったという。

「多分、日本からやって来て、8年かけてやっとシェークスピアをやることができたという話が感心されたみたい」。

トムの心まで溶かすシェークスピア、欧米の俳優にどれほど敬意をもたれているのかがわかるエピソードだ。


PAGE UP