【ネタばれ注意】【お先見!海外ドラマ日記】『マッドメン』にビートルズがやって来た ヤァ! ヤァ! ヤァ!

20120602_o2.jpg先日、『MAD MEN マッドメン』のエピソード「Lady Lazarus」のラスト・シークエンスで、ビートルズの曲「トゥモロー・ネバー・ノウズ」が挿入された。現在、米国でシーズン5を放送中の『マッドメン』だが、ビートルズのオリジナル曲が同ドラマの中で使用されたのは初めてのこと。

日本にいる人は「アメリカのドラマだったら、ビートルズの曲くらいショッチュウ流れているのでは?」と思うかもしれないが、実際にはほとんど前例がない。他のバンドによるカバー・ヴァージョンが使用されることはあっても、ビートルズ・メンバーの演奏による彼らのオリジナル曲が、米国のTVドラマの中で使われることは皆無であった。というのも、生き残っているビートルたちや、亡くなったメンバーの遺族らが、ビートルズのレガシーを守るため、滅多に彼らの曲の使用を認めないのだ。

事実、『マッドメン』のクリエイターであるマシュー・ワイナーも、ここ数年、ビートルズの曲の使用許可を、申請しては断られていたらしい。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、今回ワイナーは「トゥモロー・ネバー・ノウズ」の使用許可を得るために、『マッドメン』の「ストーリーライン」と「脚本」をシェアするという、本来ならば彼が絶対にしたくない行為を余儀なくされた。さらに、25万ドル(=約2千万円)以上の使用料を支払ったという。

20120602_o3.jpg多くのメジャーなポップ・ソングの使用料が10万ドル(=約800万円)以下であることを考えれば、これは破格の金額だといえるが、「お金の問題ではない」とワイナーは言う。ワイナーはこれまで、ドラマの中でビートルズの曲が使用できなかったために、『マッドメン』の「本物らしさ」が損なわれていると感じていた。なぜなら彼にとって、ビートルズこそが20世紀を代表するバンドだから。ワイナーの言葉をそのまま引用すれば、「Because they are the band, probably, of the 20th century.」ということになる。

そんなワイナーが挿入曲として選んだ「トゥモロー・ネバー・ノウズ」は、アルバム『リボルバー』の中の一曲。『リボルバー』は、ビートルズがレコーディング・アーティストとして本格的に活動を始めた時期のアルバムで、ファンや評論家の間でもその評価は高く、ローリング・ストーン誌が2003年に発表した「500グレイテスト・アルバム・オブ・オールタイム」で第3位に選ばれ、つい先月発表された改訂版でもその順位を維持している。

「トゥモロー・ネバー・ノウズ」はそんな名盤のラストを飾る、サイケデリックな一曲。繰り返される単調なリズムと鳥の鳴き声のような効果音が、まるで同じ場所をぐるぐるとループしているかのような、不気味な不安感を醸し出す。さらに、ジョン・レノンがLSDをやりながら読んだ『チベットの死者の書―サイケデリック・バージョン』に触発されて書いたといわれる意味深な歌詞が、その不安定な感覚を増長する。

誰もが知っているメジャーなヒット曲ではなく、いぶし銀なアルバムの一曲を選ぶあたり、いかにも通好みのドラマ『マッドメン』らしい。もちろん、この選曲はドラマ全体のトーンや、エピソードの展開にも合っており、何よりこのドラマの主人公ドン・ドレイパー(ジョン・ハム)の心理状態とピタリと一致する。

(この先、ネタバレ注意)
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20120602_o1.jpgドンは行き詰まりを感じていた。クライアントがCM音楽にビートルズの曲を使いたいというのだが、ドンにはその気持ちがわからない 。彼にはもう、若者の嗜好やポップ・カルチャーが理解できないのだ。その一方で、そのカルチャーを把握している若い才能が台頭してきており、ドンは自分の感覚が時代から取り残されつつあることを肌で感じていた。しかしドンには、彼と同じオフィスで働く若い妻がいる。妻にはセンスもあり、彼女とタッグを組むことで、自分は広告マンとして永らえることができる。そう思っていた矢先に、妻から「広告業から足を洗い、昔からの夢だった女優の道を目指したい」と告白され、ドンは絶望に突き落とされる。

プレゼンで失敗し、失意の中でドンが帰宅すると、妻は演技のクラスに出かけるところだった。「何が起こっているのかわからない」とこぼすドンのために、妻はビートルズの最新アルバム『リボルバー』を買ってくれていた。「この曲から聴いてみて」と「トゥモロー・ネバー・ノウズ」を指差し、出かける妻。言われたとおりにレコードに針を落とし、ウイスキー片手にチェアーに身を沈め、耳を傾けるドン。

流れる歌の途中で、突然、ブツッとレコード針が持ち上げられ、音楽が途切れる。ドンがステレオから離れ、ウイスキーを片手に寝室へと向かっている。やはり彼には理解できないのだ。誰もいなくなった居間に、居心地の悪い空気だけが残る。彼の暗い将来を暗示するかのように。

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ワイナー自身が脚本を手掛けたこのエピソード、シーズン5の中でもとりわけ評判が高く、エミー賞の呼び声も高い。シーズン4まで毎回エミー賞を獲得し、既に名作ドラマの名をほしいままにする『マッドメン』。主人公ドンの陰りをよそに、ドラマ自体の栄光はまだ続きそうだ。

Photo:マシュー・ワイナー(c)Yoko Maegawa / www.HollywoodNewsWire.net
ジョン・ハム(c)Manae Nishiyama / www.HollywoodNewsWire.net
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