歌いたがる女優たち――いつから歌唱力が女優たちの武器になったのか ~『SMASH』で描かれるショービズ裏事情

ミュージカルの舞台裏を描いたドラマSMASH。新人女優のカレンとブロードウェイで下積みを十分積んだ中堅女優アイヴィーが、マリリン役をめぐりバトルを繰り広げていくわけだが、そこに突如、横やりを入れるスター女優が、ユマ・サーマン演じる映画スター、レベッカだ。彼女は女優として自分の実力を示す、新しい挑戦としてミュージカルを選ぶ。舞台というフィールドは、スターとしての魅力、演技者としての表現力、そして歌唱力を証明し、本物の女優であることをアピールするにはうってつけというわけだ。ミュージカル映画や舞台に活路を見出すこのレベッカのような女優は、ここ10年くらい映画界で増えてきている。実際、ユマ・サーマンも40代を目前にした時、ミュージカル映画『プロデューサーズ』に挑戦している。

ショービズ界で頂点に君臨する映画界。だが、映画界は女優たちにとっては厳しい世界で、30代半ばにさしかかると、女優としての転機を迎える。40代で活躍できる女優というのは、30代半ばでしっかり女優としての実力を証明したごく一部の者だけ。オスカー女優でさえ、その先は保証されていない。男性俳優にくらべて、40代以上の女優が演じる役が少ないからだ。映画界より、女性の役幅が広いテレビ界に演じがいのある役を求めて、映画女優が進出する流れも目立ってきている。

そんな映画女優たちにとって、「歌もイケる」というのは、存在感をアピールするチャンスとなる。

例えば最近では、『レ・ミゼラブル』でアン・ハサウェイが一気に"本物感"を高めた。アイドル的な印象を完全に払しょくしたのは、『ブロークバック・マウンテン』の挑戦的な役柄でもなく、『レイチェルの結婚』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたことでもなく、この『レ・ミゼラブル』の名曲「夢やぶれて」だといっても過言ではない。このたった1曲が、彼女を本物の実力派女優という印象をガッチリ固めた感じだ。『レ・ミゼ』を知らない人でも、スーザン・ボイルが歌ったことで有名すぎるほど有名になった名曲なだけに、そのプレッシャーは相当なものだったろう。女優としてはハイリスクな挑戦だ。ここでイマイチな歌と演技を披露すれば、名曲なだけにダメージも相当なもの。しかし、アンは見事に演じきり、かわいこちゃん女優から、名実ともに脱皮!「歌もイケる」実力派女優として世界にアピールした。

「歌もイケる」というのは、いつからこれほどまでに強力な武器となったのか。ボリウッドの影響やミュージカル映画の復活、ミュージカルドラマ『Glee/グリー』の大ヒットなど、いくつか原因は考えられるが、この流れを作るきっかけとなったのは、2001年~2002年に映画界とテレビ界で起きた二つの出来事だろう。

■トップ女優の歌唱力バトルとミュージカル映画の復活―2001年
ニコール・キッドマンキャサリン・ゼタ=ジョーンズ。二人は同年代の女優であり、夫は大物スターという点でも共通していた。たとえ栄えある賞を受賞しても夫にパワーがあると、どうしても色眼鏡で見られてしまうのが、女優の悲しいサガ。当時は、演技力よりも、"トム・クルーズ夫人"、"マイケル・ダグラス夫人"という肩書の方が目立っていたが、この二人が、実力派女優としての地位を確立するきっかけになったのが、ミュージカル映画だった。

「歌もイケる」という武器をまず振りかざしたのがニコールだった。歌唱力というわかりやすい方法で、女優としての引き出しの多さを見せつける。それが2001年、バズ・ラーマン監督『ムーラン・ルージュ』だ。

この作品は、それまですっかり化石ジャンルとなっていたミュージカル映画を復活させるきっかけとなった。しかもいきなりオリジナル曲をぶつけるのではなく、馴染みのあるヒットナンバーで物語をつづり、ミュージカルに馴染みの薄い観客も取り入れるという非常に巧みな作戦で、復活させたのだ。この方法は、テレビ界にミュージカル・パフォーマンスを復活させた『Glee/グリー』でも応用されている。

"トム・クルーズ夫人"は、この『ムーラン・ルージュ』の役で、圧倒的な美貌と存在感、そして歌唱力を証明し、ようやくその実力の目が向けられるようになった。本作では、アカデミー賞主演女優賞ノミネートにとどまったが、翌年の『めぐりあう時間たち』にはしっかり演技力が評価され、見事オスカー女優となる。

そしてニコールのライバルだったキャサリン・ゼタ=ジョーンズ。当時、ハリウッドのどんな脚本でもニコールに先にオファーがいっていた。それがどうしても気に食わないキャサリンは、のちに長年お世話になったエージェントを変えてしまうほど、ニコールを意識していた。そんなライバル心剥き出しのキャサリンが、元ミュージカル女優の意地を見せたのが、2002年の『シカゴ』だ。彼女は、主演のレニー・ゼルウィガーを容赦なく食いまくる気迫で、アカデミー賞助演女優賞をさらう。しかも『シカゴ』は、アカデミー賞作品賞を受賞。これはミュージカル映画としては34年ぶりとなる快挙で、この作品をきっかけに本格的にブロードウェイ・ミュージカルの映画化が進んでいく。

キャサリンもまた、この作品が女優としての転機となる。『トラフィック』では演技力を評価されたものの、何しろ夫が、エロオヤジの代表マイケル・ダグラス...というわけで、どうしてもムンムンとした色気だけが先に立っていたが、『シカゴ』の歌と演技で"本物の女優"としてようやく認められたのだ。

この二人のトップ女優の成功により、歌にちょっとばかり自信がある女優は、歌をイメチェンに利用するようになる。例えば、『キューティ・ブロンド』などでアイドル的なイメージが強かったリース・ウィザースプーンも、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で見事な歌声を披露して、アカデミー賞主演女優賞を受賞している。

歌唱力はとてもわかりやすい実力の証明方法だ。しかし歌がうまいからといって成功すると言ったら大間違い。グウィネス・パルトローのように歌がうまいが、それだけを強調する作品に出演していると、ただのカラオケ女優になってしまうという危険もはらんでいる。

■『アメリカン・アイドル』で、歌がアメリカン・ドリームに―2002年
ニコールとキャサリンの成功が、女優たちの新たな挑戦フィールドを広げたことは間違いないが、音楽を取り入れた作品がここまで復活・進化した背景には、オーディション番組『アメリカン・アイドル』の存在が欠かせない。この番組をきっかけに「歌がうまい=実力がある」というイメージが強さを増していく。やたらとドラマや映画でカラオケシーンが登場するようになったのも『アメアイ』効果の一つとも言えるかもしれない。

勝てば、夢の舞台に立ち、成功者となる。そんな現代のアメリカン・ドリームをかなえてくれるのが"歌唱力"なのだ。その夢を体現したのが、『ドリームガールズ』ジェニファー・ハドソン。映画に出演したばかりでなく、オスカーまで受賞しちゃうというドラマチックな展開でキャリアをスタートさせる。『SMASH』のカレン役キャサリン・マクフィーも『アメアイ』出身。同シリーズのシーズン2では、二人の『アメアイ』ファイナリストがドラマで対決するというのも、ニクイしかけだ。

■ドラマで歌い始めるミュージカル女優たち

ミュージカル映画が復活してから10年余り。『Glee』や『SMASH』は、映画界でミュージカルが一つのジャンルとして再定着し、『アメアイ』で歌唱力が憧れの才能としてそれまで以上に注目されるようになった背景の中で生まれた。アレンジ力と演出力で歌の魅力を物語に取りこんだ『ムーラン・ルージュ』に対し、ブロードウェイ・ミュージカルの迫力を再現した『シカゴ』。『Glee』と『SMASH』の関係は、これによく似ている。しかも『SMASH』を仕掛けたのは、『シカゴ』のプロデューサーだから、かなりの確信犯。歌を歌う素晴らしさや楽しさをガンガン伝える『Glee』に対し、『SMASH』はミュージカルの世界のリアルをこれでもかというほどに打ち出していく。シーズン2のゲスト出演に、往年の大スターで、ミュージカル界では神的存在のライザ・ミネリを引っ張ってくるあたり、ミュージカルというジャンルにかける本気度がうかがえる。

『SMASH』チームが狙うのは、70年代の『アメリカン・グラフィティ』『サタデー・ナイト・フィーバー』のようなポップス市場と強く結びついたミュージカルではなく、『サウンド・オブ・ミュージック』『ウエスト・サイド物語』といった名作を生んだ60年代、ミュージカル黄金期の質感を持つミュージカルドラマなのだ。

そしてテレビ界ではミュージカルドラマのヒットにより、ミュージカル・エピソードも増えた。歌は、マンネリ化していたドラマにもちょっとした刺激をもたらしたのだ。このようなミュージカル・エピソードが製作されるようになり、『アメアイ』出身やブロードウェイ出身という経歴も注目されるようになった。

そしてもう一つの変化は、ミュージカル女優が、ドラマで歌うようになったことだろう。『SMASH』でもドラマのオーディションに行くなど、節々にそうした背景がさりげなく登場するのだが、演劇界とテレビ界は昔から近い。舞台出身の俳優たちがドラマに出演することはよくあること。しかし、『Glee』以前は、いくらミュージカル出身の女優とはいえ、ドラマで歌う機会というのは、あまりなかった。それが、最近ではブロードウェイ女優が、ブロードウェイ女優らしくその実力を発揮できる機会が、徐々に増えてきている。例えば、『私はラブ・リーガル』ブルック・エリオットもミュージカル出身の女優であり、ドラマには彼女の歌唱力を活かすべく、ミュージカル風の演出を取り入れている。

『SMASH』でアイヴィー役を演じているメーガン・ヒルティもブロードウェイ出身の女優だ。本作のエピソードで、無名のアイヴィーの経歴として『ウィキッド』に出演していたと説明するシーンがある。ドラマではアンサンブル止まりの下積み女優として登場するアイヴィーだが、実際、彼女を演じているメーガンは『ウィキッド』の主役でブロードウェイ・デビューを飾るほどの実力派だ。彼女は、歌唱力だけでなく、舞台で培った演技力で、アイヴィーという複雑で繊細で、どこまでも人間臭い役を演じている。彼女の経験がすべて活かされるアタリ役だろう。ブロードウェイ女優にしてみれば奇跡のような役だ。

メーガンほどではないにしても、このようにブロードウェイのスターが、ドラマで個性を発揮する機会が増えているのは確かだ。昨年は、トニー賞に二度も輝いた経歴を持つ、演劇界のスター、サットン・フォスターがバレエの世界を舞台にしたガールズ・スポコンドラマ『Bunheads』に主演し、注目を集めている。

映画界でのミュージカル復活と『アメアイ』というモンスター番組の登場で、歌唱力という武器がさらに注目されるようになったショービズ界。それから10年がたち、『レ・ミゼラブル』という究極のミュージカル映画が生まれた。セリフはほとんどない。全編、歌、歌、歌の嵐なのだ。だが、セリフがないと感じない。まさに歌唱力と演技力の究極の結晶体と言える。この傑作のヒットで、映画界ではミュージカル熱がまだしばらく続きそうだ。これからまた、歌のトレーニングに通う俳優たちが増えるのではないだろうか。名女優メリル・ストリープ『マンマ・ミーア!』に懲りずに、またブロードウェイ・ミュージカルを映画化する作品に出演するようだ。(彼女の場合、もう懲りてもいいと思うが...)メリルほどの大物女優さえ歌いたがるほど、女優にとって歌う魅力というのは大きいということだろう。

ただブロードウェイ・ミュージカルの映画化が進む一方で、肝心のブロードウェイではオリジナル・ミュージカルが減り、映画のミュージカル化が増えてきているという。何とも皮肉な話だが、もしかしたら『SMASH』に登場するマリリン・モンローの劇中劇が、オリジナル・ミュージカルとして、実際にブロードウェイの舞台で披露される日も来るかもしれない。

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『SMASH』vol.1&DVD-BOX
ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントより、2013年4月5日(金)発売
同日よりvol.1~8のレンタルも開始!
(c)2012 Universal Studios. All Rights Reserved.

Photo:
(中央)ユマ・サーマン
(c)2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
アン・ハサウェイ
(c)Mayuka Ishikawa/www.HollywoodNewsWire.net
(左から)ニコール・キッドマン
(c)Izumi Hasegawa/www.HollywoodNewsWire.net
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
(c)Manae Nishiyama/www.HollywoodNewsWire.net
リース・ウィーザースプーン
(c)Manae Nishiyama/www.HollywoodNewsWire.net
ライザ・ミネリ
(c)Thomas Lau/www.HollywoodNewsWire.net
ブルック・エリオット
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メリル・ストリープ
(c)Ima Kuroda/www.HollywoodNewsWire.net
『SMASH』場面写真
(c)2012 Universal Studios. All Rights Reserved.